世界平和のために核兵器は必要なのか?

1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下されました。
原爆の開発責任者はオッペンハイマー。
彼は広島の惨状を知った後、このように発言しました。

『我は死神なり 世界の破壊者なり』

この言葉はオッペンハイマーのオリジナルではなく、古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」の一部、「バガヴァッド・ギーター」からの引用で、クリシュナという神様の発言です。
オッペンハイマーは物理や化学だけでなく、語学でも優れた才能を有していました。
その為、世界の色んな文学を原書で読んでいたと言われています。
恐らく、マハーバーラタも原書で読んでいたのでしょう。
そのマハーバーラタの中に、核戦争に酷似した描写があるのです。

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【マハーバーラタの一文】
ラークシャサ、ピシャーチャたちは大声で騒ぎ立ち、不吉な風が巻き起こり、太陽は光を失った
カラスの群れはいたるところで啼き騒ぎ、雲は雷鳴を轟かせ血の雨を降らせた。
鳥も獣も聖者たちも心安まらず、天地は波立ち太陽は逆の方位に向かった。
アグネーヤの力に恐れおののいた象やその他の生物は突然駆け出し、必至にその下から逃げ出そうとする。
外界の水は熱せられ、水棲動物は熱に灼かれ暴れ回る。
一面の空から落下するアグネーヤ矢に灼き焦がされた将兵は、炎に包まれた樹木さながらに燃え上がり次々に倒れていった。
象も馬も戦車も山火事に遭った樹々のように燃え、悲鳴を上げてのた打つ。
それはまさに世界の終わりに一切を焼き尽くすサンヴァルタカの火のようであった。
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この光景が広島と重なったのでしょうか。
しかしオッペンハイマーは、後にこうも発言しています。

後悔はしていない。ただそれは申し訳ないと思っていないわけではない」
大義があったと信じている。しかし、科学者として自然について研究することから逸脱して、人類の歴史の流れを変えてしまった。私には答えがない

つまり原爆を開発したことの賛否に関しては、『自分には分からない』『大義があったので後悔はしていない』と述べているわけです。
原爆を開発した世界有数の天才、しかも文学にも通じている。
そんな人物ですら、答えが出なかった問題。
それが『核兵器の必要性』です。

私個人としては『核兵器は必要ない』と声高に言いたいです。
しかし、今の世界の状況を見ると、そんな理想論だけでは難しい状況になっているのかも知れません。

2024年現在、核保有国とされているのが「アメリカ」「フランス」「イギリス」「中国」「ロシア」の5か国。国際的に保有が認められているのも、この5か国のみです。
しかし核保有が確実視されている国というものがあり、それが「インド」「パキスタン」「北朝鮮」「イスラエル」の4か国。
更に核開発疑惑国は「イラン」「シリア」「ミャンマー」の3か国。
全部合わせると「12か国」が核保有、もしくは核保有の疑いがある国です。
そのうち8か国は地理学的に『アジア』とされる国なのです。

1997年までアジアで核保有国は中国とイスラエルだけでした。
1998年にインドとパキスタンの緊張が高まり、それぞれが核を保有してお互いを牽制しました。
2005年に北朝鮮が核兵器保有宣言をしています。

世界的には核兵器廃絶の流れがあります。
ロシアもアメリカも(表向きは)最盛期の4分の一まで縮小されています。
しかし中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮は、核兵器を増産しています
2000年代に入り、中国の核保有数はイギリスとフランスを抜いて世界3位です。

戦争の悲惨を味わった現代なのに、なぜ核を増産するのか?
それは『他国に対する恐怖』『他国に対する武力的優位の堅持』です。
相手がナイフを持ってるからナイフを持つ。ピストルを持ってるならピストル。大砲なら大砲。その延長線上に最終兵器の『核』があるわけです。

核は結果的に相手に殴られない為の『戦争の抑止力』となるはずでしたが、最近はずいぶんときな臭くなってきています。
なぜならブダペスト覚書(米英露が署名した安全保障に関する覚書)を信じて、核を手放したウクライナを、覚書に署名した核保有国のロシアが攻めているという現実があるからです。
これでは核保有国のロシアが意図的にウクライナに核を手放させたようにも見えるし、核保有国のロシアを恐れて遠回しにしか援助出来ないイギリスとアメリカの姿を見ていると、「本当に核を持たないで大丈夫なのか?」という不安が出てくるのも当たり前でしょう。

更に最近の中国は、核を持たない台湾への侵攻をほのめかしたり、核保有国でない国々への非礼な侵犯は、誰が見ても『核未保有の国は反撃ができない/反撃が怖くない』からです。
そして目覚ましの様にミサイルを発射する北朝鮮。実用は怪しいですが、間違いなく核は保有していると思います。核保有1位のロシアと核保有3位の中国が味方なんですから。

では、日本はどうすれば良いのか?
そんな答えがあれば誰もが知りたいでしょう。
現実論の視点であれば核武装。
理想論の非核三原則に倣えば、世界が全ての核を放棄するまで平和を訴え続ける。
どちらも厳しいのであれば、現状維持で核の傘(アメリカ)に守ってもらう。
戦後79年経っても、核兵器の不安は増すばかりで、未だに解決の道が見えない問題と言えます。

オッペンハイマーの言う「大儀」は『戦争を早く終わらせる兵器』としての役割でした。
現代での核兵器は戦争の抑止力にもなっておらず、『世界を早く終わらせる兵器』という代名詞のほうが相応しいのかも知れません。『我は死神なり 世界の破壊者なり』は言い得て妙とも思います。

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